感情を持った「GoogleBot」

今の世の中、検索力が一番必要だと思う。
目的のものをいかに早く確実に探し出せるか。覚える必要のないものは覚えずに探せばイイのである。

そんな時に便利なのがGoogle。Googleで探せばなんでも見つかる。
GoogleはGoogle Botとかいうソフトがインターネット上をうろちょろして、どんどん情報を溜め込んでいる。

ぼくはよく思うことがある。
サーチエンジンGoogleが集めた情報を保存してあるコンピューターが感情を持ってしまったら、最強のロボットになるだろうと。

インターネットは頭の良い人からバカな人までいろんな人がいろんな情報を流す。
人間には頭の良い人はたくさんいるけど、その人でも持っていない知識がある。それは他の頭の良い人が持っている。また、頭の良い人でも持っていない情報をバカな人が持っていたりする。
そう、いくら頭の良い人でも、バカなぼくが持っている情報のすべてを持っているわけではない。

そんなそれぞれが持つ知識を人間はインターネットで公開する。そのすべてをGoogleボットが集めていくのである。
もちろん、そんな公開された情報から人間は新たに勉強もするので、インターネットを活用して勉強さえすればGoogleボットには負けないかもしれない。
でも黙々とデータを集め続けるGoogleボットには勝てないのではないだろうか。
人間が今まで学んできたことのすべてがGoogleに集まっていく。

これが紙の「本」であれば、本は人間には勝つことはないだろう。しかし、コンピューターである。
「これをこうしたらこういう処理をする」というif文の集合体である。ということは、「これをこうしたらこういう処理をする」というプログラミングが信じられないほど細かいところまで達してしまったら、それはもう感情を持ったことになるだろう。
楽しい時は笑い、悲しい時は泣く。ミサイルを発射したくなったら発射する。もちろんオナニーだってするかもしれない。

そのうち誕生するであろう感情を持ったコンピューター。「善」になるか「悪」になるかは、インターネット上のブログ記事や各サイトなどの情報次第ということになるだろう。

ぼくはその最強コンピューターが脚フェチになるために一役買いたいと思う。